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東京地方裁判所 平成8年(ワ)3520号 判決

主文

一  第一事件原告(第二事件被告)の請求を棄却する。

二  第二事件被告(第一事件原告)は、第二事件原告(第一事件被告)に対し、金八〇万四五五四円及び内金三〇万〇九二〇円に対する平成八年二月三日から、内金五〇万三六三四円に対する平成八年二月一六日から、それぞれ支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  第二事件原告(第一事件被告)のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一事件及び第二事件を通じてこれを二〇分し、その一を第一事件被告(第二事件原告)の負担とし、その余を第一事件原告(第二事件被告)の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

一  第一事件

第一事件被告は、第一事件原告に対し、一億一一七二万一六七五円及びこれに対する平成八年一月二六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  第二事件

第二事件被告は、第二事件原告に対し、四八一万七九七四円及びこれに対する平成八年二月三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

第一事件は、第一事件原告が、第一事件被告との間で、洋菓子の運送を継続的に行う旨の契約が成立したにもかかわらず、第一事件被告が一方的に右運送を中止したと主張し、これが債務不履行に当たるとして、得べかりし利益等の損害賠償を求めた事件である。

第二事件は、第二事件原告が、第二事件被告に対し、未払の運送代金の支払を求めた事件である。

一  争いのない事実

1 第一事件原告(第二事件被告。以下「原告」という。)は、ケーキ等の洋菓子の製造及び販売等を業とする有限会社であり、直営の店舗において洋菓子を販売するほか、東京都内及びその近郊の喫茶店等に対して洋菓子を販売している。

第一事件被告(第二事件原告。以下「被告」という。)は、一般貨物自動車運送業務等を業とする株式会社である。

2 被告は、原告の依頼に基づき、平成六年三月一〇日から二三日まではトラック一台で、同月二四日から平成七年一二月六日まではトラック三台で、原告の製造する洋菓子を喫茶店等に運送した(以下、この間の被告による運送を「本件運送」という。)が、同月九日、これを中止した。

二  争点

1 原告と被告との間の継続的運送契約の成否

2 被告の責任原因の有無

3 原告の損害額の算定

4 被告の運送代金債権の存否

三  争点1に関する当事者の主張

1 原告

(一) 原告と被告とは、平成六年二月ないし三月ころ、期限の定めなく、傭車形式により、原告から取引先等に向けて洋菓子を運送する継続的運送契約を締結した(以下、原告主張の右契約を「本件継続的運送契約」という。)。

本件運送は、本件継続的運送契約に基づいてされたものである。

(二) 本件継続的運送契約においては、本件運送の開始された当初である平成六年三月を除き、同年四月以降は、一か月の基本代金が六六万円と定められ、原告は、被告に対し、各月一五日に前々月分の運送代金を支払った。

被告は、トラック三台による運送が始まった後である平成六年四月以降、平成七年一二月まで、毎週水曜日の原告の定休日を除く毎日、原告のために欠かさず運送を行ってきた。そして、前記のとおり、前々月の代金が決済される時には、既に新たな運送が行われるという形で役務の提供が継続していた。

被告は、原告の商品を運送するために三台のトラックを購入の上、車両の改造費を支出し、これに原告の商標及び名称を容易には剥離しにくいペンキで大きく表示した。このことは、被告にも、右トラックを長期に亘って原告専用の運送車両として用いようとする意思のあったことを示すものである。

本件運送が行われた期間中、被告による日々の商品の運送は、原告の従業員と被告従業員の運転手との間で、毎朝の配送表の記載によって特定される形で、定型的に処理されてきた。この作業は、基本となるべき継続的運送契約が存在することを前提にして、代表権のない者らが行った処理とみるべきである。

このような事情に鑑みれば、原告と被告との間に本件継続的運送契約が成立していたのは明白である。

なお、原告は、被告よりも前に有限会社寛との間で運送契約を締結していたことがあったが、原告が同社との契約を打ち切ったのは、同社が原告の取引先による過大請求に加担するという不正行為が発覚し、また、運転手が業務中に飲酒するなどの非違行為を行ったがためであり、これは、継続的運送契約を解除するに当たってのやむを得ない事由に該当する。しかも、原告は、右解除に際し、有限会社寛に対して猶予期間を与えた。

2 被告

(一) 本件継続的運送契約の成立は否認する。

原告主張の本件継続的運送契約についてはこれを証明するような契約書は存在しない。

(二) 被告は、本件運送の開始に当たって、原告から特殊トラックの購入を求められてこれに応じたため、右購入費及び改造費等の投下資本を回収する必要があった。そこで、被告は、平成五年一二月ころ、原告側の担当者であった取締役石原洋(以下「石原」という。)に対し、右投下資本を賄うことができるよう原告との間で長期の継続的運送契約の締結を申し入れたが、石原は、原告が長期の契約を結んだことはないとして、長期間同一の運送業者に拘束されることを嫌って右申入れを断った。

平成六年三月ころ、被告は、石原に対して再度長期的運送契約の締結を申し入れたが、やはり断られた。

その後、被告は、原告から、平成六年三月分及び同年四月分の運送代金について値下げを求められて、やむを得ずこれに応じた。また、原告からの本件運送の注文は、拘束時間が長く、配送先が数多く、運送先からの苦情が被告の運転手に持ち込まれるなど、被告がその対応に苦慮するものであった。

平成七年一一月、被告は、石原が原告を退職するとの話を耳にしたため、原告からの運送の注文が停止されることをおそれ、新たな取引先を探したところ、有限会社ファクトリー・ドゥリエール(以下「訴外会社」という。)から運送の注文を受けた。そのため、被告は、原告に対し、同年一二月初旬、再度長期的運送契約の締結を求めたが、やはり拒絶された。

そこで、被告は、訴外会社との間で長期の運送契約を締結するとともに、同年一二月九日、原告に対し、新規の注文には応じない旨を通知して原告からの受注を取り止めた。

被告は、二〇数台程度のトラックを使用するにすぎない小規模の運送会社であり、右に述べたように、原告に対し、再三長期的運送契約の締結を求めたにもかかわらず、被告は、これに応ぜず、その結果、原告と被告との間の取引はいつでも取り止めることができる状況にあったものである。

現に、原告は、有限会社寛に対し、平成六年三月ころ、一方的に運送の発注を止めたことがあり、これにより、有限会社寛は、特殊トラックを他に転用できずに損害を受けた。

(三) 本件運送代金の支払について、各月末日が締め日であり、その支払日が翌々月一五日であったことは認める。締め日と決済日とがあるのは、継続的契約に限られるものではない。運送代金は、当初は日別に計算されていたが、原告が被告に対して値下げを申し入れたため、原告と被告との間では、運休日を除いて一か月間継続して発注があった場合には基本代金六六万円とする合意がされたものである。

本件運送の注文は、一か月毎に、運送を行う日を指定して、被告の各トラックの運転手毎に指示が与えられる形で行われており、運送先と運送商品の種類及び数は、毎朝配送表で指示された。

四  争点2に関する当事者の主張

1 原告

被告は、原告に対し、平成七年一二月九日、突然同日から本件運送を取り止める旨通知し、一方的に本件継続的運送契約を破棄した。

本件のような継続的契約関係においては、一方的にこれを解除することができるのはやむを得ない事由がある場合に限られ、これがない場合に、役務を提供する側が契約関係を終了させるには、最低六か月の猶予期間を設けて事前告知するか、又は、六か月分の得べかりし利益を提供する必要がある。

被告の前記解約通知はやむを得ない事由を欠いており、このような解約通知及び運送義務の放棄は債務不履行に当たるから、被告は、原告に生じた後記の損害を賠償する責任がある。

2 被告

原告と被告との間で継続的運送契約が成立していないことは前記のとおりであり、被告が原告からの運送の受注を止めたのは、原告が被告の再三の申入れにもかかわらず長期的運送契約の締結を拒絶したことによるものであって、被告には信義則上責任を問われる理由はない。

五  争点3に関する当事者の主張

1 原告

原告は、被告の債務不履行により次のとおりの損害を被った。

(一) レンタカー代 四八万六六七五円

原告は、商品運送のため、レンタカー会社から、平成七年一二月九日から同月一五日まで一台、平成七年一二月九日から同月三〇日まで一台の運送用車両を借りた。

なお、原告が当時保有していた車両は一台のみであり、これだけで商品の運送を賄うことはできなかった。

(二) 追加残業代 九九万七〇〇〇円

原告は、不慣れな従業員に配送業務を行わせて追加残業させたため、これに対して追加残業代を支払った。

(三) 得べかりし利益

原告は、次のとおり得べかりし利益を喪失し、その額は現在も拡大している。

(1) 卸売部門 六九六八万九〇〇〇円

平成六年九月から同年一一月までの平均売上高実績を基準にした平成六年一二月から平成七年六月までの売上高実績についての季節調整指数を、平成七年九月から同年一一月までの平均売上高実績に乗ずると、平成七年一二月から平成八年六月までの原告の予想売上高は、合計二億四一二三万八〇〇〇円である。しかし、右期間中の売上高実績は、一億四九三三万七〇〇〇円にとどまった。これらの差額から、変動費用の対売上高比率である二四・一七パーセントに相当する部分を控除すると、六九六八万九〇〇〇円である。

(2) 直営店部門 五六九万五〇〇〇円

右同様に、平成六年九月から同年一一月までの平均売上高実績を基準にした平成六年一二月及び平成七年一月の売上高実績についての季節調整指数を、平成七年九月から同年一一月までの平均売上高実績に乗ずると、平成七年一二月及び平成八年一月の原告の予想売上高は、合計一一二二万円である。しかし、売上高実績は、三七一万円にとどまった。これらの差額から、前記変動費用の比率に相当する部分を控除すると、五六九万五〇〇〇円である。

(四) 値引額 一七四万五九六八円

原告は、配送不能や遅延等の大きな混乱が起きたことによって顧客に対して多大な迷惑をかけたため、大手顧客二社に対して、一時的に特別の値引きをした。

(五) 信用低下 一〇〇〇万円

原告は、商品配送の不能や遅延等のため、顧客等に対する信用が大きく損なわれた。右無形損害を金銭に見積もると一〇〇〇万円を下らない。

2 被告

(一) レンタカー料金については、原告は自社所有車による運送を行っていたのであるから、レンタカー使用の必要はない。

また、原告は、レンタカー使用による運送の利益を享受したのであるから、右料金を原告が負担するのは当然である。

(二) 得べかりし利益の算定につき、平成七年九月から同年一一月までの売上高実績は過去の実績からみて異常に高く、これを基準とするのは不当である。石原らは、右期間中に、マスコミを利用して積極的に営業活動を行っていたのであるから、これにかかる費用を計上する必要がある。

平成七年一二月以降、原告の卸売部門の売上高が減少したとすれば、それは原告の経営に中心的役割を果たしてきた石原及び和田らが辞任し、原告が経営戦略に失敗したことによるものであり、本件とは無関係である。

また、直営店の売上げの減少も、本件と無関係であり、原告の所有車のみで直営店への運送を十分賄うことができたはずである。

六  争点4に関する当事者の主張

1 被告

被告は、原告の依頼に基づき、平成七年一〇月一日から同年一二月六日まで、原告製造の洋菓子を運送したが、その代金は合計四八一万七九七四円である。ところが、原告はこれを支払わない。

2 原告

(一) 被告が違法にも一方的に本件継続的運送契約を破棄し、原告に多大の損害を被らせたものであるから、原告が被告に対して運送代金の支払を止めることは正当な理由があり、違法でない。

(二) 原告は、予備的に、本件継続的運送契約の債務不履行に基づく被告に対する損害賠償債権をもって、右運送代金債務と対当額で相殺する。

第三  当裁判所の判断

一  争点1について

1 原告と被告との間で継続的運送契約が成立したか否かについて検討すると、《証拠略》によれば、次のとおり認められる(争いのない事実を含む)。

(一) 原告は、トラック一台を所有し、この車両によって直営店及び若干の百貨店内店舗等に向けて原告の製造する洋菓子の運送を行っていたが、その余の顧客に向けては、運送業者に依頼して三台のトラックにより洋菓子の運送を行わせていた。

(二) 原告は、従前、有限会社寛に対して運送を依頼していたが、運送業者を替えることとし、平成五年一二月ころ、石原が、被告代表者又は被告の取締役内村博之(以下「内村」という。)に対して運送を頼みたい旨打診した。この後、原告側は石原が、被告側は内村が、それぞれの運送部門の責任者として本件運送について打合せ等をしていた。

被告は、この打診を受けて、右運送が洋菓子を喫茶店等に配達するものであるため、平成五年一二月ころ、これに充てる特殊な形状のトラック(冷凍車)を三台、代金各約三五〇万円で購入し、平成六年一月三一日いずれも初度登録した。

被告は、右トラックの車体に、原告の商標及び名称をペンキで大書した。

また、原告の配達先の一つが「恵比寿ガーデンプレイス」にあり、トラックの乗入れのためには入構証が必要であったが、原告は、六か月間有効な入構証を購入して、これを被告に対して交付した。

(三) 被告の運転手は、平成六年二月ころ、有限会社寛のトラックに同乗して原告の取引先向けの運送ルートを回り、配達の手順等について確認した。

その後、被告は、平成六年三月一〇日から原告製造の洋菓子の運送に従事した。当初は被告がトラック一台を用いて運送し、その余については有限会社寛が運送に当たっていたが、同月二四日からは、被告がトラック三台を稼働して原告が依頼した運送の全部を行い始めた。

原告と被告との間では、契約書は作成されなかった。

(四) 本件運送については、原告から被告に対し、配達先である顧客の住所録が渡されており、これらの顧客を方向毎に三コースに分けて、一コースにつきトラック一台が充てられた。

顧客の洋菓子の注文は、毎日種類及び数量が異なっており、原告においては、顧客から注文を受け、毎朝までに右注文を取りまとめて洋菓子を製造するとともに、運送については洋菓子の数量及びその配達先についての配送表を作成した。被告は、毎朝七時三〇分ころトラックを原告に配車し、運転手が右配送表を受け取って、これに従って商品を積み込み、各コースに分散して運送を行い、商品を配達するという方法で本件運送を行っていた。

原告の定休日は毎週水曜日であり、被告は、これを除く毎日本件運送を行った。

原告と被告との間では、除外する日が予め指定されない限り、特別の確認がされなくても被告が毎日トラックを配車して、本件運送に従事するという状況が継続していた。

(五) 当初、被告は、原告に対し、平成六年三月分の運送代金について同月末日で締めて四月五日に請求書を発行したが、これは、トラック一台一日二万六四〇〇円とし、残業一時間につき二〇〇〇円及びオーバー距離一キロメートルにつき五〇円の加算をして計算されていた。また、被告が同年五月六日に発行した同年四月分についての請求書では、トラック一台の一か月分の基本代金を六六万円として、右同様の残業及びオーバー距離の加算をして運送代金が計算された。

しかし、右計算の結果、平成六年四月分の各トラック毎の運送代金等の合計がそれぞれ七〇万円を超えていたため、原告は、被告に対してこれを支払わなかった。その後、原告と被告との間で運送代金等の金額について折衝が行われ、結局、被告は、残業開始時刻を遅らせることによって残業代を計算上減らすこととして、平成六年三月分以降の運送代金を算出し、同年六月二日に、右三月分及び四月分の請求書を再度発行するとともに、五月分についても右方法による請求書を発行した。右計算によれば、トラック一台の一か月分の運送代金等は六六万円台ないし六八万円台となり、原告は、これを了解して、被告に対し、同年三月分及び四月分は六月一五日ころまでに、同年五月分は七月一五日ころまでに運送代金等を支払った。

(六) 原告と被告との間の運送代金は、この後も右と同様に、トラック一台の一か月当たりの基本代金を六六万円として、残業及びオーバー距離を加算して計算され、毎月末日を締め日としてその翌々月一五日までに支払われることとなった。

また、被告は、平成七年一二月九日に本件運送を中止したが、右一二月分について平成八年一月五日に請求書を発行した。これは、トラック一台一日当たり基本料金二万五三八四円として計算されていた。

2 以上の事実によれば、平成六年三月ころ、原告が被告に対して、期間は明示しないもののある程度長期に亘って継続的に洋菓子を運送することを依頼し、被告がこれに応じて本件運送を行うことを開始したものであり、これにより、原告と被告との間に、期限の定めのない継続的な運送契約が成立したものというべきである。

3(一) 被告は、継続的運送契約は成立していないと主張し、運送代金の取決めについて、証人石原洋及び証人内村博之は、当初、内村は基本料金をトラック一台一日当たり三万二〇〇〇円とすることを提案し、内村と石原との間で折衝により二万八〇〇〇円に減額されることになっていたとし、その後さらに基本料金が月額六六万円となったのは、原告から被告に対して一か月間継続して運送の依頼があった場合に月額六六万円とするとの合意がされたためである旨証言し、同証人らの各陳述書である乙第一〇及び第一一号証にも同様の記載がある。

しかし、これを裏付けるような書面はなく、右各証人も、一旦三万二〇〇〇円から二万八〇〇〇円に減額された後、どのような経緯でもう一度減額がされるようになったかについて明確に証言しない。そして、前記認定のとおり、一か月分に満たない平成六年三月分は、一日当たりの基本料金が二万六四〇〇円とされ、平成七年一二月分は、同じく二万五三八四円とされているところ、前者は月額基本料金六六万円を二五で、後者は二六で除した数値と一致する。これらの事実に鑑みると、原告と被告との間では当初から運送代金を一か月を単位としてその額六六万円と取り決めたと考えられ、右証拠を採用することはできない。

(二) また、証人石原洋及び証人内村博之は、被告が石原に対し、本件運送を開始した当初から数度に亘り長期的な継続的運送契約を締結するよう求め、これに対して、石原は、運送会社に問題が生じたときにすぐさま取引を打ち切ることができるように、日々個別の運送契約を重ねるのみとしたいとして、継続的運送契約の締結を明示的に断ったこと等を証言する。

確かに、乙第一〇号証によれば、被告は、運送業者としてさほど大規模な会社とはいえないことが認められ、また、前記認定の運送代金の残業代部分が定まった経緯からしても、被告にとっては、原告はあまり強硬な態度で交渉をすることができないような取引相手であったことが窺われる。そのため、右両証人の証言は、被告が原告に対して、数年間の契約期間を明示した継続的運送契約を書面で取り交わしたいと求め、原告がこれを拒絶したという趣旨であればこれを肯んじることができる。

しかし、両証人の証言には、右を超えて、石原が、全く予告なく被告との間の取引を打ち切ることができる旨留保して、継続的な内容の契約の締結そのものを度々断っていたかのような趣旨の部分があるところ、前記認定のとおり、原告にとっても、被告は鮮度が肝要な商品を大半の配達先に運送する業務を依頼していた重要な取引先であって、継続的に本件運送を行うことは原告の利益にも合致するものである以上、両証人のこの点に関する証言部分は、全体として採用することができず、被告主張のように日々個別の運送契約が成立していたとすることはできない。

二  争点2について

1 以上からすれば、本件において、被告は、原告に対し、期限の定めのない継続的な運送契約に基づき、本件運送を継続して行うべき債務を負っていたということができ、このような契約期間が成立した以上、前記のような運送の対象物、運送形態等に照らすと、被告は、右契約を将来に向かって解約するためには、やむを得ない事由がない限り、信義則上一定の予告期間を設けて予め解約告知すべき義務を負うと解するのが相当である。そして、本件においては、原告が運送業者に対して新たに運送を依頼するために必要な期間等を考慮して、被告は、少なくとも一か月間の予告期間を設けるべきであったというべきであるから、この予告期間を設けて解約告知するか、そうでなければ右期間に通常生じる損害を賠償する必要があるというべきである。

2(一) そこで、本件運送が中止された状況について検討すると、《証拠略》によれば、原告では、平成七年一二月七日及び八日が臨時休業となっており、この点は予め被告に伝えられていたこと、被告は、同月六日に本件運送を通常どおり行ったが、洋菓子等の運送を打診されていた訴外会社との間で、同月七日、期間を三年間とし、一年毎に更新するものとする継続的運送契約を書面をもって締結したこと、被告は、同月九日朝には、原告に通知しないまま、本件運送に用いていた運転手及びトラックを訴外会社との契約に基づく運送に従事させ、原告に対する配車を行わなかったこと、その後、内村は、石原の電話に応じて原告事務所に赴き、本件運送を右同日から打ち切り、もはや原告の運送の依頼には応じない旨を通告したことが認められる。

(二) これについて、証人石原洋及び証人内村博之は、平成七年一二月六日、内村が石原に対して電話で爾後の取引を打ち切ると述べたが、石原は、右通告を本件運送の中止の通告としては受け取らなかった旨証言し、乙第一〇及び第一一号証にも同旨の部分がある。

しかし、右両証人のこの状況についての証言は、内村が石原に電話をかけ、長期的な運送契約を書面で締結することを要求し、これが受け入れられないのであれば原告に配車しないと述べたというものであり、証人内村博之自身、これが正式な通告たり得るとの認識がなかったかのような証言をする。そうであれば、右各証拠を前提としても、内村のこの申入れは、会話の前後の状況からすれば契約書の作成に相手方が渋っていることから、交渉を有利に進めるための駆け引きとして発せられた言葉と捉えるのが自然であって、右各証拠は、被告が原告に対し、本件運送を中止して運送契約を解約する旨の確定的な意思表示をしたことを証するに足りない。

3 被告は、右運送打ち切りの理由として、本件運送については被告がトラックを新規に購入するという資本投下をしたり、運送代金の値下げを受け入れざるを得なかったりしたことから、被告が原告に対して長期的運送契約の締結を再三申し入れたにもかかわらず、原告がこれを拒絶したことを挙げるが、右事情は、つまるところ契約期間が明示されていないことによって被告が何らかの不安定な立場に立たされるという危惧にすぎず、これをもって継続的な運送契約を即時に解約すべきやむを得ない事由と解することはできない。

4 そうすると、被告は、何らの予告もなしに、平成七年一二月九日、原告に対し、継続的運送契約の解約を通告して運送債務の履行を打ち切ったのであるから、被告は原告に対し、信義則上右履行の打ち切りによって原告に生じた損害を賠償すべき責任があるといわなければならない。

三  争点3について

1 そこで、原告が被った損害について検討する。

(一) 運送業務分

《証拠略》によれば、原告は、被告によって本件運送を打ち切られたため、平成七年一二月九日から同月一五日ころまで従業員に超過勤務を行わせて運送業務に当たらせ、この手当として合計九九万七〇〇〇円を支出したこと、原告は、同月九日、レンタカー会社から冷凍車を借り受け、同月一五日朝までは二台、これ以降三〇日までは一台使用して商品の運送に充て、この代金として、七日間借り受けたものについて一〇万八一五〇円、二二日間借り受けたものについて三七万七五二五円を支払ったこと、同月一六日ころ以降は、他の運送業者らに商品の運送を依頼するようになったことが認められる。

右事実によれば、原告は、被告が本件運送を打ち切った同月九日から一五日まで、商品の運送業務を賄うため、人件費として九九万七〇〇〇円、車両費として二一万六三〇〇円の合計一二一万三三〇〇円の支出を余儀なくされたということができる。

他方、《証拠略》によれば、本件運送についての前年同月の運送代金は、原告の営業日数二七日分で二一二万八七六九円であったことが認められ、このことからすれば、原告は、被告が本件運送を中止したことにより、平成七年一二月九日から一五日までの運送代金合計四七万三〇五八円(日額七万八八四三円として営業日数六日分)の支払を免れたというべきである。

そうすると、被告が本件運送を打ち切ったことにより、運送業務について原告が被った損害は、前記一二一万三三〇〇円から四七万三〇五八円を控除した七四万〇二四二円と認めるのが相当である。

なお、平成七年一二月一六日以降については、原告の運送業務にかかる具体的な支出額は、三〇日までのレンタカー代金である二七万〇三二五円を除いては一切不明であり、前記のとおり、原告は、他の運送業者にまがりなりにも運送業務を依頼することができたのであるから、これにより運送業務は一応正常化したと考えられ、右一六日以降について原告に現実の損害が生じたと認めることはできない(右レンタカー代金が通常の運送費に加算されたものとは認められない。)。

(二) 売上げ減少分

次に、原告の売上げの減少分については、《証拠略》によれば、原告の取り扱う商品であるケーキは、一年のうち一二月の売上げが突出して高いこと、原告の卸売部門の平成六年九月ないし一一月の平均売上高実績は二三二四万六三六七円、平成七年同期のそれは三〇六五万〇二三〇円であり、平成六年一二月の売上高実績は二九〇三万四八六八円、平成七年一月は二二〇五万八八六九円、平成七年一二月は二二三二万六五五五円、平成八年一月は一二八七万一〇〇〇円であったこと、原告の変動費用率は二四・一七パーセントとみるべきことがそれぞれ認められる。

これらによれば、原告は、平成七年一二月分としては三八二八万二三四二円、平成八年一月分としては二九〇八万四五一九円の売上げを見込むことができたというべきところ、これと前記売上高実績との差額から変動費用に相当する部分を控除して、平成八年一月分については解約後一か月までの日数分を求めると、原告は、平成七年一二月分として一二〇九万九二七三円、平成八年一月一日から八日分として三一七万二八二九円の合計一五二七万二一〇二円の得べかりし利益を失ったと見積もることができる。

しかるに、《証拠略》によれば、右売上げの減少は、原告が顧客から取引を停止されて取引先を失ったことによるものであること、右逸失した取引先のうち、配達を確約すれば回復することができたものがあったことが認められる。

そうすると、原告代表者が、逸失した取引先は原告との取引を停止した後すべて訴外会社と取引をしている旨供述していることに鑑み、原告の前記得べかりし利益のうち、被告が本件運送を中止したことと相当因果関係のある損害は、その一割として一五二万七二一〇円と認めるのが相当である。

なお、原告の直営店部門の売上げの減少分については、前記認定のとおり、原告がその所有車で運送を行っていたことから、被告の行為との間の因果関係を認めるに至らない。

(三) 値引き分

《証拠略》によれば、原告は、配達不能等の事態が生じたため、顧客に対する信用を回復するために一時的に商品を特別に値引きせざるを得ず、その額は一七四万五九六八円であったことが認められ、右相当額もまた本件運送の中止により原告が被った損害ということができる。

2 原告は、このほか信用低下等の無形損害として一〇〇〇万円相当の損害を被ったと主張するが、信用回復のための措置として行った前記値引きのほかに、金銭をもって賠償すべきだけの信用低下が具体的に発生したと認めるに足りる証拠はないから、右主張は採用することはできない。

3 以上によれば、被告が原告に対して賠償すべき損害額は、合計四〇一万三四二〇円となる。

四  争点4について

1 被告が、原告の依頼に基づき、平成七年一〇月から同年一二月六日まで運送業務を行ったことは前記のとおり当事者間に争いがない。《証拠略》によれば、右運送についての代金は、平成七年一〇月分が二一六万六八五二円、一一月分が二一四万七四八八円、一二月分が五〇万三六三四円の合計四八一万七九七四円であることが認められ、これらの支払期限については、それぞれその翌々月一五日と定められていたのは前記認定のとおりである。

2(一) 原告は、被告が前記債務不履行により原告に対して多大な損害を生じさせたために支払を止めたものであり、右不払は違法ではない旨主張するが、被告に対して損害賠償債権を有するということが、自己の運送代金債務を免れる理由になるとは到底いえないから、右主張は採用できない。

(二) そうすると、原告が被告に対し、本件第三回口頭弁論期日において、前記損害賠償債権をもって右運送代金債務を相殺する旨の意思表示をしたことは当裁判所に顕著であり、原告は、その請求から明らかなとおり、右損害賠償債権の元本をもって右相殺に供する趣旨であると解されるから、原告の損害賠償債権(平成七年一二月九日に成立し、弁済期の定めはない。)と被告の平成七年一〇月分及び一一月分の運送代金債権との各元本は、右運送代金債権の支払期限の到来した都度相殺適状となり、対当額をもってそれぞれ消滅したというべきである。

五  以上によれば、原告の第一事件請求は理由がないからこれを棄却し、被告の第二事件請求は、運送代金額から原告の損害額を控除した八〇万四五五四円及び内金三〇万〇九二〇円については弁済期の後である平成八年二月三日から、内金五〇万三六三四円については弁済期の翌日である平成八年二月一六日から、それぞれ支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は棄却し、訴訟費用について民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 相良朋紀 裁判官 安浪亮介 裁判官 山口倫代)

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